続・連休の事

5日、鎌倉方面へ遠足。(遠足・・・?)

東京を朝8時に出て常磐線京急線を乗り継ぎ、金沢八景駅で降りる。バスに乗り朝比奈停留所へ。ここから、本日のメインディッシュである朝比奈切通へ。

新緑の眩しい旧街道を歩く。道の途中、横道が出現し、熊野神社とあるので寄り道。山肌に沿って平坦な道を百メートルほど歩いた場所に、そこそこ立派な神社が現れる。社殿は建て替えられたばかりのようだが、鳥居に刻まれた年は寛政年間で、じろじろ観察していると、見知らぬおじさんが横から覗き込んできて、「これは古いなぁ、すごいなぁ」としきりに驚いている様子なので、こちらも「古いですねぇ」と思わず相槌をうち、そのままなんとなく会話してみると、地元の方で、七つの切通をすべて歩いたとのこと。朝比奈切通は三回目とか。

面白い方だったので、旅は道連れという言葉の通り、一緒に鎌倉方面まで歩いて降りた。降り口で一旦おじさんと別れ、鎌倉まで歩くことに。道幅が狭くて歩きにくかったが、光触寺に寄ったり、ぶらぶらしながら浄妙寺へ。朝比奈切通周辺は、おじさん含めトレッキングスタイルの人しか見かけなかったが、このあたりから小洒落た格好のいかにも観光客然とした人が増えてくる。白旗神社をひやかし、頼朝の墓を参り、浄妙寺へ。浄妙寺は拝観料100円だが、境内を通らねば絶対に行けないピザレストランがある。ヒールを履いた洒落た客の目的地はここらしい。

境内内で地図を見ていると、「また会った!」という声。振り返るとおじさんが。我々がぶらぶらしている間に近場の食堂で昼食を済ませ、ピザレストランにコーヒーを飲みに来たのだという。物味遊山に、一緒に坂を登ってレストランまで来てみると、すごい人でとてもコーヒーを軽く一杯、というわけにはいかない雰囲気。おじさんはコーヒーを諦めた。そのまま一緒に寺を出て、おじさんはまたどこかへ。我々はおじさんが昼食を食べた食堂を紹介してもらい、二度目の別れ。この後は、流石に再開することはなかった。

おじさんに教えてもらった百舌という食堂で海鮮丼を食べ、出発。ますます増える観光客に若干辟易しながら鶴岡八幡宮へ。こどもの日ということで神楽舞が行われていた。実朝が殺された大銀杏はすでにない。せめて階段を降りる実朝と飛びかかる公暁ごっこを楽しみたかったが、降りることが禁止されていた。

小町通りであんみつを食べ、江ノ電に乗ろうと鎌倉駅へ向かうが、なんと混雑で40分待ちというので、急遽ルート変更。大船駅まで戻り、湘南モノレール江ノ電にアプローチ。湘南モノレールは初めて乗ったが、アップダウンが激しく、楽しかった。

江ノ島は想像していたより大きかった。ここも人でいっぱい。島内を巡るエスカレーターがあったが、足が悪くない限り、誰が使うんだろう?というほどの利便性だった。階段を昇り降りしながら島内を歩く。女夫まんじゅうをつまみぐいして、島の裏手に回ると、断層が侵食されて出来た洞窟があり、これも並んだが、中は面白かった。稚児ヶ淵からの夕景には、霞に消えていた富士山が再び浮かび上がり、絶好の撮影スポットとなっていた。高波が幾度も岩に打ち付けられ、波しぶきが舞うすぐ近くで遊ぶ若者たちを、いつか攫われても文句は言えないぞと、苛々しながら見ていた。注意する監視員もおらず、景観のためか防止策もない。田舎の海には注意する地元民がいるが(それも絶滅危惧種だろうが)、都会の海はみんなのもの、裏を返せば責任者不在。

その場を離れ、境内の階段を降りる帰り道、担架を担いだレスキュー隊が登ってゆくのとすれ違う。島の入り口にレスキュー車が4台、救急車が2台止まっていた。江ノ島と陸を結ぶ橋から振り返ると、すっかり暗くなった海岸に、懐中電灯の明かりと、海上自衛隊かどこかの船の赤いライトが明滅していた。嫌な予感は当たったのか。ニュースを見てみたが、特に海難事故の報は見つけられず。

 

6日。よく寝ました。